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宇多法皇と仁和寺の創建(中)
- 宮廷文化サロン
京都産業大学名誉教授
(京都宮廷文化研究所顧問)
所 功宇多天皇と関白藤原基経 この宇多(うだ)天皇は、幼い時から仏教に関心をもたれ、10代より早く出家がしたいと願われていました。しかし母君の班子女王から「もう少し世間に留まり、然るべき役割を果たしてからにするべきだ」と説得さ...
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近代の宮廷装束⑩
- 宮廷文化サロン
井筒企画 清水洋直
長かもじ・丸かもじ 「髢かもじ」は日本髪を結う際に髪の長さやボリュームを補うための付け毛の事です。 平安時代以降、宮中の女性の髪型は単に後ろに長く引く垂すい髪はつが基本でしたが、江戸時代中期京都の町中で鬢びんの毛を透かし...
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宇多法皇と仁和寺の創建(上)
- 宮廷文化サロン
京都産業大学名誉教授
(京都宮廷文化研究所顧問)
所 功本題に入る前に少し余分な事を申し上げたいと思います。 今年(令和元年)は元号が「令和」となり、新天皇がお立ちになりまして、先般来、即位礼も大嘗祭も順調に進んで参りました。 大嘗祭はタベモノの祭り とりわけ11月14日の夜...
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近代の宮廷装束⑨
- 宮廷文化サロン
井筒企画 清水洋直
大正時代の御即位―御大禮用御鉾之比禮・大禮矛比禮形― 「比禮(ひれ)(比礼)」は「領巾・肩巾」とも書き、首から両肩に掛け左右に垂らした細長い帯状の布で古代の女性の装身具の一つです。『古事記』には葦(あし)原(はらの)色(...
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近代の宮廷装束⑧
- 宮廷文化サロン
井筒企画 清水洋直
大正時代の御即位―大正御即位御用 日月像纛幡 金銀垂見本― 孝明天皇までの歴代天皇の即位式では大極(だいごく)殿(でん)や紫宸(ししん)殿(でん)の前庭に多数の「宝幢(ほうどう)」と呼ばれる幟が立てられました。太陽を象(...
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近代の宮廷装束⑦
- 宮廷文化サロン
井筒企画 清水洋直
服喪の色 ―鈍色《にびいろ》のいちび脛巾《はばき》― 脛巾(はばき)は足を保護したり袴を着用した際に裾を始末するために藁(わら)や布を脛に巻き付けて紐で結び留め動きやすくしたもので、後世の脚絆にあたります。低い武官の正式...
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近代の宮廷装束⑥
- 宮廷文化サロン
井筒企画 清水洋直
天羽衣《あまのはごろも》雛図《ひなず》幷《ならびに》裂《きれ》 明治時代の大嘗祭《だいじょうさい》(明治天皇 慶應4年〔1868〕京都御所での即位式の後、明治4年〔1871〕東京で行われた) 天(あめの)羽衣(はごろも...
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近代の宮廷装束⑤
- 宮廷文化サロン
井筒企画 清水洋直
吉野神宮御神服裂地
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近代の宮廷装束④
- 宮廷文化サロン
井筒企画 清水洋直
十六菊御紋章付額縁 十六菊の御紋章が付された額縁が二面一組で納められていることから天皇皇后の写真である御真影を納める額縁であると思われます。 明治時代から教育現場に下賜されるようになった御真影は天皇と同一視され最大の敬意...
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近代の宮廷装束③
- 宮廷文化サロン
井筒企画 清水洋直
日蔭《ひかげ》の糸 日蔭の糸は大嘗祭や新嘗祭などの神事に冠などに結び垂らした緑色または白色の組糸で、植物の日蔭ひかげの鬘かずらを意匠化したものです。古事記には天あま照てらす大御神おおみかみの天あめの岩戸いわと隠れの際に天...