宇多法皇と菅原道真
このように天皇は、常に国民の事を考えておられます。それは1100年以上前の宇多天皇も同様です。ただ、うまくいかないこともありました。
前述のとおり、藤原基経を関白にするため、比喩として使われた「阿衡」の表現で行き詰ってしまわれたのです。
ところが、そういう時に優れた人が勇気をもって発言してくれました。これは中々難しいことですが、宇多天皇の時には、幸い基経と違った意見を堂々と言える人がいました。それが今も天神様と仰がれる菅原道真公です。
菅原道真の家は、平安時代の初め頃から学問で身を立て、祖父清公は、遣唐使に選ばれ、中国で学んでこられました。また父の是善も、文人として活躍されました。
その流れを受けた道真は、少年時代から漢詩文にすぐれ、順調に出世されます。この阿衡事件当時は、讃岐の国司(今の香川県知事)として都を離れていました。
しかし事がおこると、わざわざ都へ戻り、「基経公の意見は間違っています。藤原氏の為にもなりません」と書面で堂堂と主張された。それを見てさすがの基経も聞き入れ、おさまったのです。
真に勇気をだして意見を言えば、道は開かれます。それを「一所懸命」という。一つの所に命を懸けるのです。この難局において大切な事は、若い宇多天皇をお助けすることです。そのために基経に間違っている、とはっきり命懸けで真心こめて言われました。すると基経も、言われてみればそうだということに納得して、矛をおさめたのです。
そこで、宇多天皇は大変に喜ばれました。それ以後、基経が亡くなったこともありまして、宇多天皇のもとで菅原道真は非常に大きな働きをしています。ただ急に取り立てられましたので、周囲からやっかみをうけ、結果的に身を滅ぼしてしまいます。
宇多天皇が譲位直後に右大臣まで引き上げられ、政界のナンバー2まで異例の出世をとげます。しかし、それに反対する人がでてきました。藤原時平という、基経の息子です。そして無実の嫌疑をかけられ、昌泰4年(901)に、九州の大宰府へ左遷されたのです。
この左遷は、確かに悲劇です。とはいえ、長い目でみますとそうでもありません。もし菅原道真が右大臣から左大臣となり平穏な晩年を送っていたら、単なる偉い役人で終わると思います。
ところが、志半ばで九州へ流されて亡くなられ、人々は非常なショックを受けました。そこで、その御霊を祀ろうという声が起こります。とくに藤原氏は後ろめたいものですから、怨霊となって祟られたら困ると思い、道真を丁重に祀ろうとしたのです。北野天満宮がその表れです。しかも道真は天才的な学問の達人でありましたから、今なお学問の神様として多くの崇敬をうけています。人生さまざまです。山あり谷あり、成功も失敗も喜びも悲しみもあります。それを乗り越えながら人は何をするのが正しいのか、何をすることが本当によいのかを考えてみる。家族のため、地域のため、職場のため、社会のために何をすることができるかを考える。そして言うべきことは言い、やるべきことはやる勇気が必要です。

(所功編『名画にみる国史の歩み』近代出版社)より
天皇が発願出家された寺
この仁和寺は、宇多天皇が父上の為に建てられたとも、光孝天皇ご自身の御願寺だとも伝えられています。
京都には沢山お寺がありますけれども、天皇の発願で建てられ、そこに宇多天皇自身が入って出家されました。そこが御室と言われるのは、この仁和寺だけです。
あらためて申すまでもありませんが、宇多法皇がこの仁和寺を建てられましたのは、父上に対する、仏さまに対する感謝の念だと思います。
しかも、仁和寺には御所の紫宸殿が移されています。江戸時代初めの紫宸殿が今なお金堂としてあるのは、ここだけなのです。日本に優れたお寺は沢山ありますが、ここ仁和寺は由緒も建物も格別の名刹であります。そういうところで今日お話をさせて頂けました事を大変有難く思っております。

何事も「有り難い」
最後に、人間として何を考え、何をすることが大切かというと、その根本は感謝です。人間が他の動物より優れているのは感謝できることです。他の動物も飼主に感謝しますが、世代を越えて感謝できるのは人間が最高です。
人間は家族に対して、地域に対して、職場に対して、社会に対して、国家に対して、感謝の気持ちをもっています。生きている人に対してだけでなく、目に見えない神や仏、自然に対しても感謝できます。そういうことのできる智慧をもっているのが、人間にほかなりません。それは本当に有り難いことです。
「有り難い」とは滅多に無いことです。有ることが難いことをいいます。我々がこうして生きていられる事自体がまことに有り難いことなのです。
そうすると、一見普通にあることが、有り難い。滅多に無い事が気づけるかどうかです。これは神や仏のお力だ、お助けだと思う他ない、と気づいた時に「有り難うございます」と心からの気持ちで手を合わせ、感謝の祈りをすることができるのは、あらゆる人間のもっている英知だと思われます。
そういうことを最も敬虔に最も忠実にやってこられたのが、日本の歴代の天皇です。天皇は決して神ではありません。あくまで人として、ひたすら神さまや仏さまに祈りをこめてこられ、今も祈り続けておられます。そういう神や仏に最も近いから、神さまや仏さまのように尊いお方だと仰がれているのです。
そういう天皇陛下を日本人は最高のお手本として、少しでもそれに近づきたい。何事にも日々感謝しながら生きていきたいと思います。(完)
※本稿は令和元年 11月17日(日)に仁和寺にて行われた講演「宇多法皇と仁和寺の創建」の記録が『六大新報』令和2年新年号に掲載されたものに加筆・修正を加えたものです。